あの惨劇から5年、フレディの生命を繋ぎとめていた央魔の血の効力は尽きようとしていた。

(あれ……)

フレディに待ち受けていたのは白い朝だ。夕べは特に気にかけていなかったので今更だがカーテンがしまっていなかったことに気づいた。ベッドに一番近い窓から日の光が遮られることなく容赦無しに差し込んだ。
まだ体のあちらこちらが痛むが、そんなことよりも。
(生きてる……)
あの夢も強い体の苦しみも、死を迎えることを示していたはずだった。
体を起こそうとして布の裂ける音がした。肩から脇など関節をキツく絞められる感覚がする。フレディに巻きついていた布の正体は眠る直前まで着ていた服だった。
「えっ!?ちょ…あ、声、あれ、え」
慌てて声を出すと自分の声ではなかった。目に映る自分の体も自分のものではなかった。
隣で寝ていたレナも眠りから覚めたが、朝に弱い彼女ですら隣にいる存在を見てまどろみを一瞬で吹き飛ばす。
「フ、フレディ……なの?」
「どういう………」
自分だってわけがわからない。今の己の姿を確認しようと立ち上がりかけて下着すら衣服として機能していないことに気づきベッドから離れるのをやめた。その間にレナが鏡を持ってきて、ようやく今の姿を確認出来る。
言葉を一瞬失い、
「えええええええええええええええええええええええ????!!!!! 」
戻ってきた声は屋敷中に二人の驚きを伝え響かせた。

「何コレ!?どうなってんの!?」
混乱から思考が直接口へと洩れていく。
フレディの姿は一夜にして少年から青年の姿へと変貌した。身長はアーウィンよりも高い。いつもは見上げていたレナが、胸の高さ程しかない。
着られる服はなくシーツを腰に巻きつけた。今向かっているのは一番事情を知り冷静に分析と見解を示してくれるであろう冥使のもとだ。平時に彼の前でこれだけ騒げば通常の人間以上に鬱陶しがるが、今はそこまで頭が回らない。
当然屋敷内の廊下にいた者はもちろん部屋にいた者も扉を開けフレディを見る。混乱と騒ぎは更に大きくなり、屋敷中が大混乱となる。
「えええええ!?ちび様!?」
「でっか!ちび旦那、でかッ!!」
「ちび様おっきい!」
「なんや、このところ苦しんでたの成長期?」
「一晩で伸びすぎだろ!?」
さすがにこの騒ぎは屋敷で最奥のアーウィンのいる部屋すら声量で揺らし、レナと同じく朝に弱い彼も起き上がった。
自ら出向いてフレディの激変を知る。一瞬で全てを把握し、いつも通りの態度で声をかけたのは唯一彼だけだ。
「フレデリックに比べて62点といったところか……」
「それ何点満点で?」
「何万点だと思う?」
すでに桁の違う採点にフレディはこれ以上何も口にする事は出来ない。
「来い、服を貸してやる」
「フレディ、アーウィン~~~~~」
人々が着替えまでにはついていかない中、レナは情けない声をあげながら二人の後を追った。

「央魔の血の効力が切れたんだろう」
アーウィンの(初代の)部屋で考察が行われる。
そこは両者一致の見解だった。
血の効力はフレディの頭部だけでなく、全身に働きかけていた。
『フレディの身長は1cm程度とはいえ伸びていたのでは?』という疑問があったがそこはあっさりアーウィンが種明かしをした。
実際は1cmたりとて成長をしていなかったのだ。柱に印をつける役目は毎年アーウィンが行っていた。そもそも柱の傷を持ち出したのもアーウィンだ。
印の位置を毎年微妙に変えることで成長のしない体を元から身長の伸び率のない体に見せていた。
フレディの成長が央魔の血の効力によって止められている事を予見していたのであれば一言告げれば良いものを、身長がコンプレックスになるほどになって尚一言も告げないあたり、フレディにとってあの柱の傷は年月をかけた効率の良い集団催眠というよりはやはりアーウィンからの嫌がらせの象徴だ。本人はフレディが二十歳になったころに真相を明かす気だったと語るが嫌みったらしい笑いが共についてきたあたり、疑わしい。
アーウィンは構わず考察を続ける。
「授血によって止められていた成長が一気に進んだんだ」
央魔の血の効力が切れたのなら、肉体は本来の姿へと戻る。アーシュラは多量の出血で央魔の力の残る血を全て失い、恩恵を失った体はそれまでの年齢に重ね百四十年の時を経た姿へと戻り、骨と皮になった。
フレディもアーシュラ程ではないが央魔の血を多量に授血した。それがたったの5年で効力が尽きたのは祓い手の任務は生傷が絶えないせいだろう。
さてここで疑問が残る。脳及び頭部の損傷だ。
肉体の成長を止めていた血の効力だけが抜けきったのであれば、それまでの頭痛と悪夢はなんだったのか。
肉体が生命への意地でわずかに残る央魔の血の効力を全て脳に回したのか?かつての入触がもしかしたら意外な形で効力を発揮しているのではないか?
仮説はたてど答えは出ない。
フレディは恐らくは初代フレデリックが愛用していたであろう、現代では衣装にさえ思えるような古めかしいデザインの衣服に腕を通す。着替えながら答えの見つからない考察に頭を悩ませるが、頭を悩ませるものがもうひとつ。
「ねえちゃん、男の着替えに堂々と立ち会わないで」
レナはごくごく自然に男が着替えをすると言っている部屋に入り、ソファに座っている。
男二人であれば何の気兼ねもなしにその場で着替えるが今はそうもいかず、フレディはカーテンにくるまりながら着替えている。
レナが男の寝室に堂々と入ってくるのは弟扱いだからと思っていたが、全く関係がなかったようだ。かつて抱えていたコンプレックスがいかに馬鹿馬鹿しいかを実感せずにはいられない。
とにかく、己の生命を維持しているものはなんなのかは時間をかけてでも究明する必要がある。そうでなくてはいつまた血の誘惑と死へのカウントダウンが始まるかわからない。最悪、突然死の可能性だってある。
問題は残っているが、フレディの胸は誇らしさに満ちていた。
落ち着きを取り戻し、着替えを終えて出てきたフレディの顔には自信に満ちた笑顔がある。直接的な言葉ではなかったが、普段人を誉めることのないアーウィンも珍しく讃辞を送った。
「央魔の血への欲望と狂気に負けなかったからこそ、その姿なのだろう」
「さすが。わかってる♪」
フレディが血に堕ちることがなかったのはレナへの想いがあったこと、そしてレナもフレディを想い側にいたおかげだ。誰にも語れないが『愛の奇跡』なんてクサい表現も誇らしげに使いたくなる。
「授血……央魔の血?」
当のレナの顔は明らかに頭の中が真っ白といった風だ。
フレディの肉体の急成長に対する驚きを引きずっているにしては様子がおかしい。
「どうしたの?ねえちゃん」
声をかけると真っ白に呆けていた顔がみるみるうちに赤へと変わっていく。

「ええええええええええええええええ」

次に聞こえてきたのは本日二度目の屋敷中に響き渡る声だった。 真っ赤になった顔を隠しながらレナは部屋を飛び出しフレディから逃げる。
「ごめんなさい!恥ずかしい!恥ずかしい!!」
「ねえちゃん!?なに?何だと思ったの!?」
訳が分からないが、それ故にレナを追いかけずにはいられない。レナは羞恥から異様に足が速くなり、フレディは急成長した己の体に慣れておらずまともに走れない。
二人の追いかけっこはそのやりとりを屋敷中に響き渡らせ、全てが筒抜けだ。村人達も再び部屋から顔を出し二人を見守る。というより、気にはなるが口を挟めない。
「だ、だってフレディが最近具合が悪そうだったのって……」
小さな肩がわなわなと震えた。
これ以上増すことはないように見えた顔の赤らみが更に増し、次の言葉でレナの瞬発力は爆発的に増す。
「●●が●●ってるものだとばかりーーーーーーーー!!」
「規約に引っかかりそうなこと大声で叫ばないでえええええええええええッ!!」
どこの何の規約かは触れないでおこう。そしてレナが口走っているその内容は十代前半から人によっては齢一桁の頃から付き合いのある男の体特有のものだ。この場合、明らかに間違った知識であり、少女が…いや大人の女性であっても大衆の前で大声で叫ぶ事ではない。
「そんな知識いつの間に!?ていうか騙されてるよ、ねえちゃん!」
レナに過保護な上に性的なことどころか女性に対し淡白すぎるアーウィンがそんな事を教えるはずもなく、仮に教えるような性格であればもっと早い段階でしっかりと教え込むはずだ。
誰だ妙なことを吹き込んだ奴は!…と、がなるより前に犯人は名乗り出た。
「ご・めーん☆ウ・チ☆」
メリィだった。
テへッ☆と茶目っ気たっぷりに笑い反省の色はない。本当のところはフレディが教えればいいと考えているからだ。
「あとでハリセン百連打するからな!!」
お笑い好きの彼女からすれば喜ぶだけかもしれないが訓練や冥使との戦い以外で女性に手をあげる訳にもいかず、フレディの出来る精一杯の抵抗を涙目で叫びレナを追うことを優先する。

「ねえちゃんには何も知らないままでいて欲しかったー!」
「汚れた私でごめんなさい~~~~~~~~!!」
「ねえちゃん、その言い方は誤解を招くからやめてええええええええええええええええええええええ」